陶芸作家プロフィール
陶芸土花 代表
関口喜義
【経歴】
武蔵野美術大学にて 油絵を専攻し抽象画の大家、長先生に師事し、絵画の技法を身に着ける。
その後、益子焼で有名な益子町の風景に惹かれてスケッチに通ううち、陶芸の魅力に触れ、窯元に通いつめる。益子焼の職人から技術を身に着けて、陶芸作品を作り始める。
一方で、益子焼の魅力を広げるために益子焼の販売も開始。窯元から直に仕入れたものを東京都内などで販売。陶芸市などを重ねるうち、有田焼、九谷焼、清水焼、瀬戸焼、美濃焼など全国の窯元からの仕入れに広がり、各地の陶芸の歴史と魅力に深くなる。
陶芸教室では、滑らかな手触りで質がよく、白さが美しい瀬戸焼の土と釉薬を仕入れて使うこだわり。独立して販売を始めて陶芸作家も育った。初心者から陶芸に親しめる陶芸教室を開講。
陶芸作家としては、障がいのある方も使いやすい自助具にもなる、ユニバーサルデザインの食器「すくえる器」をオリジナル開発。特許も取得。日本ギフト大賞2022年東京賞受賞。
【陶芸一筋60年】
栃木県の益子焼という新聞に写真が掲載された、その風景写真を見てなぜか、茅葺屋根のある益子に行きたくなりました。
益子焼窯元に訪れそこでの出会いが、焼き物の虜になり陶芸一筋の60年があっという間です。
職人さんから窯元おじさん、おかみさんたちの優しさと、素朴で温かみのある益子に惚れ、民芸運動と浜田庄司先生との出会いから、民芸について調べ学びました。益子焼が益々好きに益子焼の良さを、知って貰う為東京で、一人で商売を始めました。
更に有名産地陶芸品の問屋さん達と知り合い、有田焼、京焼等を販売し各地の窯元に訪れた際、作業工程を見せて頂き自ら作らせて頂きました。その経験知見から陶器専門店で販売と陶器を作る陶芸教室を自由が丘で開業しました。
高度経済成長期には使い捨てで新しい物を買えばと言う世の中がありました。その時代からやがて自然を大事に、資源を再利用する方向に進み始めていました。
陶芸教室を始めた動機は、自分が作った陶芸品は大事に丁寧に使うでしょう。
家にある日常生活製品の中に常に使う物で、自分の手で作つた器に料理やご飯茶碗で、食事をするこれこそ至福の時間だと、実感出来る事は間違いないでしょう。
【陶芸土花の名前の由来 】
粘土を使って手で丸めたり、握るだけで箸置きが簡単に出来たり、伸ばしたり、薄くしたりくっけたり、削ったりで丸、四角にと色々な形も手で作りれます。花模様、花絵を描いたりと色違いの粘土を混ぜて土花ができます。陶芸土花の名前の由来です。
【陶芸土花代表からのメッセージ】
陶芸粘土はセラミックス、シリコンとも言います。アメリカシリコンバレーは粘土質が,沢山とれる所で半導体の部品に使用されたり、包丁、ねじ、歯にと様々な分野で欠かせない素材です。
陶芸の土を触ると冷たく、固そうな感じですが、今まで触れた中でも触り心地の、感覚的には
くにゃとしたかんじです。水を加えると柔らかく、途轍もなく薄く、細く伸びて曲げる事も出来ます,乾燥するとその形状のまま固形化します。
土を練ってろくろに乗せ、手に水をタップリと付けて、ろくろを回します。
この作業の手に粘土が纏わり付く、感触は得も言われぬこれぞ、陶芸の醍醐味で最高の感覚です。
この感覚を多くの方に是非土に触れて、味わって頂きたい難しい事はありません。
順序に沿って進め丁寧に優しく進めも、5歳くらいからでもいつの間にか出来上がっています。
殆どの方ががこんなにきれいに、大きさ、広がり具合など、思いもよらず満足器が出来ると、
大変喜んで頂いています。
1923,4年、23,4歳頃益子焼に東京からスケッチに行く事になり、ある窯元に立ちよっった事から、陶芸の魅力に引き込まれもうすぐ60年です。その窯元と相性が合ったのか、一人で月に2,3回行くようになりました。
その当時は、民芸運動というムーブメントの流れの最中で、その代表浜田庄司先生の工房が益子
にあり、土日は大変混雑していました。
職人さんのろくろ捌きを、飽きずに何時間も見ていました。
次第にろくろでも回してみなと、声掛けをしてくれ席を用意してくれて、
ろくろ回しを少しずつさせて頂きました。廻りは職人さんでばかり、職人さんは出来高払いですから、手を止められません。見よう見まねで始めましたした。
窯詰め、窯出し、かたずけ、清掃、等率先して、たまには泊めてもらったり、今でいう完全なボランティアというか押し掛け人でしたが、今思えば自分はその2,3年の期間が途轍もなく、表現出来ないくらい重要な、期間だと今つくずく感謝しています。
その窯元時代から、益子焼の窯元から直に仕入れて、都内のビルの片隅小さなスペース2m位の所を借りたり、団地の青空市で益子焼を販売していました。
そこから有田焼等有名陶芸産地の製品を、スパーダイエーお店に卸、飲食店販売、渋谷東急プラザに出店、同時期自由が丘で店舖を開き陶芸家作品も陳列するなど、大変忙しい時代でした。
店舗をリフォームする事になり、陶芸教室1990年に併設します。